<   2010年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

いま、イギリスの子どもの本は

f0236873_1151285.jpg国際子ども図書館で開催されたジャクリーン・ウィルソンの講演会に行ってきました。ウィルソンはいまや世界的な人気を誇るイギリスの児童文学作家です。

私は彼女の本を大人になってから読みはじめたのですが、はじめのうちは内容に少しびっくりしました。長年コンビを組んでいるニック・シャラットのポップでカラフルな表紙に惹かれつい手を伸ばして読んでみると、想像していた物語とは違って子どもたちがなんとも困難な境遇に置かれているのです。片親の家庭で、親の恋人や再婚相手とあまりいい関係を築けないでいる居心地の悪さ、もっと言うと嫌悪感を感じながら毎日を過ごしていたりします。
また時には、親を許したり、親を見守ったりする役目をになっている子どもたちもいます。

現実にいまのイギリスでは両親と暮らす子どもがどんどん少なくなっていて、ウィルソンがこれまでに訪問した学校の生徒の約5割が片親なのだそうです。
ウィルソンがいつもハッピーエンドな結末を用意しているのは、子どもたちへの励ましの気持ちを込めているから。

児童書といえば、イギリスには歴史的に質の高い本が数多く存在します。しかし、そのほとんどは中流階級の人が中流階級の子どもに向けて書いたものでした。ウィルソンも幼いころそのような本を読んで育ち、小学生のときに小説を書きはじめるのですが、彼女はその頃から労働者階級の人たち、悲しい気持ちを抱く人たちに関心があったようです。
この日、通訳者と同時に対談相手でもあった翻訳家のさくまゆみこさんは、この点においてウィルソンの本は児童文学の流れを大きく変えたと言われました。

ユーモアたっぷりのウィルソンらしく、作品は厳しいテーマを扱いながらも決して重たくありません。
さまざまな立場に立たされた人たちがいることをみんなに知ってほしいということ、これもウィルソン文学がもつメッセージのひとつです。ファンの数から考えると、いまのところ成功しているようですね。

この日、子供向けに書かれた彼女の自伝が紹介され、まだ読んでいませんが興味津々です。明瞭でかわいらしい声と話し方が印象に残る、チャーミングな人でした。




   
[PR]
by iftuhsimsim | 2010-09-26 01:16 | lecture

高遠、ブックフェス

f0236873_2461186.jpgちょうど1週間前、長野県高遠市で開催されたブックフェスティバルに行ってきました。
ライターの北尾トロさんらが中心となって、ブックツーリズム・プロジェクトがここ高遠で進行中です。
青空本屋さんが町のあちこちに出ていたり、またフェスティバル期間中は様々なイベントが用意されています。
東京からバスで行きましたが、行きも帰りも大渋滞。思うようにイベントに参加できませんでしたが、中川五郎さんのトークイベントには行くことができました。テーマは翻訳家が語るアメリカ現代文学について。

厳密にはチャールズ・ブコウスキーのお話でした。酒におぼれ女におぼれの酔いどれ詩人。90年代半ばに日本で注目されたときに彼の小説のほとんどが翻訳されました。けれど詩は別で、古い時代に出された本がわずかにあるだけ。中川さんは詩の翻訳出版を働きかけていらっしゃるようですが、なかなか厳しいようです。

以前ブコウスキーの小説に何冊か挑戦したことがあります。結果すべて途中で挫折しました。あまりの男くささに、というと抽象的ですが、読んでいて居心地があまりよくありませんでした。
でもこの日、中川さんがご自身で訳した2つの詩を朗読してくださり、それがとても素晴らしかったので、再び興味がモクモク湧いてきました。次は詩で挑戦しようかな。

ちなみに2つの詩とは、The Genius Of The Crowd (「民衆のかくれた才能」)と Confession (「告白」)です。前者は60年代のアメリカをうたった詩、後者は最後の妻リンダに捧げた詩です。(タイトルの邦訳は中川さんによるもの。)

中川さんは、荒々しくもストレートで誠実なブコウスキーの言葉にほれたそうです。
[PR]
by iftuhsimsim | 2010-09-25 10:20 |

絵を読む

『江戸芸術論』
f0236873_23494117.jpg前回の本に紹介されていたなかの1冊です。浮世絵から日本(江戸)の文化をひも解いていく芸術論集です。
この本を読みすすめていくうちに気づくのは、左の写真の表紙以外、絵が一枚も収録されていないこと。言葉でひたすら説明していきます。
絵描きの特徴や時代的背景はもちろん、作品の構図、図の背景や人物の様子までがこまやかに独特の表現で綴られています。

春信の絵をただ美しいでも艶めかしいでもなく、「しずこころなく散る花を見る如き」なんて表現をしていていいなあと思いました。

浮世絵一般のことに始まり、春信、広重、歌麿、北斎と名画が登場します。また欧米人による浮世絵研究の紹介もありました。

この本を読んで印象に残るのは浮世絵のことよりも荷風の文章でした。特にすきなのは色彩を表現する箇所です。

・・・色彩は皆さめたる如く淡くして光沢なし、・・・暗澹たる行燈の火影を見るの思ひあり。・・・もし木版摺の眠気なる色彩中に制作者の精神ありとせば、そは全く専制時代の萎微したる人心の反映のみ。余はかかる暗黒時代の恐怖と悲哀と疲労とを暗示せらるる点において、あたかも娼婦がすすり泣きする忍び音を聞く如き、この裏悲しく頼りなき色調を忘るる事能はざるなり。・・・

これは一例ですが、荷風の感性がよく現れていると思います。
前回も書いたように、忘れ去られたようなさみしい風景に心惹かれる荷風は、浮世絵においても同じように、儚げな哀しげなところに惹かれるようです。


とにもかくにも、色彩を文章で表現するということは、大変な作業です。
どれほどピッタリと思える言葉でも、それがすべてではないような。
芸術活動とは行き着くことのない"ピッタリ"をさぐりあて表現することなのかもしれません。目指すものに近づこうとして費やされる人のエネルギーや思いに、ときどき感動することがあります。
[PR]
by iftuhsimsim | 2010-09-17 23:52 | 渡り鳥の読書

常滑、やきもの散歩道

f0236873_21262039.jpg愛知県常滑市にある「INAXライブミュージアム・世界のタイル博物館」を訪れました。ここには、古代から近代までの、特に中近東、スペイン、オランダ、中国、日本の装飾タイルが展示されています。

タイルの起源は、神への信仰から建築を装飾し始めたことにあります。それがやがて、人間の生活を彩るものとして発展していきました。文化や歴史について考えるとき、目的が時代とともに変わり得るということを念頭においておかなければいけないなと思いました。
本棚があったので覗いてみると、鍵の歴史とか音を生みだす建築とか、INAX出版のおもしろそうな本がありました。

さて、常滑市はやきものの町です。
その名の通り、町中いたるところにやきものが置かれています。散策すればするほど、ワクワク感がどんどん増していきました。
f0236873_22937100.jpg
f0236873_22114929.jpg
f0236873_22115676.jpg

招き猫通りでは猫の神さまたちが並んでいます。
旅行安全祈願や子宝祈願などなど...。



f0236873_22145075.jpgf0236873_22165680.jpg
民家の塀が土管で作られているのが目につきます。

小学校の塀は、子どもたちが作った焼き物オブジェで四方囲まれていました。


まるで家の中に飾るかのように、町中にちょんと置かれたやきものがなんとも粋です。
[PR]
by iftuhsimsim | 2010-09-12 22:32 | 美術館

月光荘

f0236873_1542453.jpg友人の展覧会で、銀座のギャラリーを訪れました。銀座はギャラリーがたくさんありますが、どうも入りづらい印象が先行してしまいます。

月光荘に行くのは初めてでしたが、ビルの地下にある小さな空間で、すばらしく雰囲気がよく、正直おどろきました。またひとつ好きな場所ができてハッピーな気分です。

あとから知りましたが、ホルンがトレードマークの古い歴史を誇る画材屋さん兼ギャラリーなのですね。



このギャラリーでは独自のユーモアカード(ポストカード)を販売しているのですが、それがとても素敵で、思わず誰かに送りたくなってしまいます。

少し前に聞いた話を思い出しました。熱の熱さと心で感じる温かさは、脳の同じ場所が感知するのだそうです。温かいものを飲んだときに、ホッと心までが温かくなり落ち着くのはそういう理由だといいます。
また、肌で冷たさを感じた人は自分のことを、肌で温かさを感じた人は他人のことを考える傾向にあるという実験結果もあるそうです。

ユーモアカードを見ていて、「ユーモア」って人と人とをつなぐ熱だな、と思いました。
[PR]
by iftuhsimsim | 2010-09-06 10:43 | 美術館