カテゴリ:映画( 3 )

国語力

f0236873_42111.jpg先週のことですが、フランス映画 『パリ20区、僕たちのクラス』を観ました。

パリ下町の中学校、移民の多いクラスで国語(フランス語)教師が奮闘する物語。母国語も異なるうえに反抗期の子どもたち相手に、ことばを教えるのは大変です。

決して後味すっきりとは言えない作品ですが、さまざまなバックグラウンドを抱える思春期の子どもたちと関わるなかでの「揺れ」がよく描かれています。


教師との言い合いには、本気のときもあれば、ふざけているときもありますが、一番印象に残ったのはこれです。

「口語と文語の違いがわかりません」「ふだんは直感で判断する」「直感がなかったら?」「直感は言葉を使ううちに身につく」「それでも身につかなかったら?」・・・

ことばに対して直観力を働かせるという言い方が新鮮だったのですが、よくよく考えてみると、微妙なニュアンスの違いを感じ取ることとか、実はいつもみんながやっていることなのだと思いました。


あともうひとつ、国語の授業の教材として教師が選んだ本が「アンネの日記」だったことも印象的でした。
最近観た『フリーダム・ライターズ』という実話のアメリカ映画のなかでも同じようなシーンを見かけました。さまざまな人種が集まり、ありとあらゆる問題を抱えた学校で、生徒たちはなぜか「アンネの日記」を読まされたときに素直に受け入れられるのです。

『アンネの日記』については偶然の後日談があって、それはまた次回にでも。
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by iftuhsimsim | 2011-04-24 07:05 | 映画

美術館の舞台裏・・・

f0236873_1644577.jpg映画『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』を観てきました。

2004年に始まった大規模な改築工事は、2008年に完成するはずが、2010年いまだ工事中。

当初は計画がとんとん拍子に進んでいるかのようでした。建築構想を練る様子や、展示内容についての議論の様子まで映されていて、興味深かったです。

絵を選ぶシーンでは、倉庫に眠る膨大なコレクションの中から日の目を見る絵、見ない絵の明暗の行方にひとりで緊張してしまいました。とくに落選してしまった絵、つぎに目をかけられるのはいつのことか。芸術作品がもつ時間の長さにめまいがしてきそうです。
またテーマにそった内容の絵であっても、傷みがあれば修復可能かどうかが重要な選考要素になり、それが少し新鮮でした。

こうした光景を知ると、展覧会の目玉になりうる絵というのが、本当に一握りの傑作なのだとわかります。



しかし美術館側がいざ計画を発表するや、市民団体の猛反発にあいます。計画は二転三転しますが、結局互いの主張が歩み寄ることはなく、やがて工事自体が中断に。


そんな騒動のさなか、美術館が2年越しで日本から金剛武士像を、阿吽セットで購入していた事実に一番驚きました。
コミカルな映画の宣伝に対して、ちょっと笑えないんじゃ・・・と思いながら映画を観ていましたが、家に帰って思い返してみると、ちょっと笑えてきます。
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この大騒動の発端人のひとり、館長さんはかなり批判を浴びましたが、新しいものを創りたいとする彼の言い分もわかる気がします。美術館は絵さえ観れればいいのでしょうか。どうあるべきなのでしょうか。
この映画は、誰をも悪者として描いていないのが良かったと思います。

私はオランダに行ったことがなく、今後も特に予定はなかったのですが、この美術館が再オープンされたあかつきには、ぜひ行こうと思いました。
映画は、「2013年まで閉館」が決定したところで終わっていましたが、この行方はいかに。





映画館でオランダビールをもらいました。
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by iftuhsimsim | 2010-08-22 17:51 | 映画

いのちの食べ方

f0236873_15334440.jpg先日の東京国立博物館の展示でのこと、古代中国と古代エジプトで同じモチーフを題材に彫刻がつくられていました。
牛の屠殺です。
ひとりの男の人が牛の足を解体している場面で、構図もよく似ていました。

古代中国のほうは詳しい解説がありませんでしたが、エジプトでは古代から牛肉は好まれた食材であり、供物としてもよく捧げられていたようです。彫刻は死後も牛を食べられるようお墓に埋葬されたものでした。



10年くらい前に中国の田舎を旅したときに目の前で豚の解体をみて以来、豚でこれなら牛はどれだけ凄まじいのだろうと秘かな関心事でした。

『いのちの食べ方』というドキュメンタリー映画を見つけたのは先々週のことです。
ドイツ周辺で取材されたもので、動物だけでなく、野菜や穀物なども含め、私たちの口にする食べ物がどのような過程で食卓までやって来るのかが撮られています。ナレーションも音楽も何もなく、映像のみで伝えます。

牛の工場の風景は一見SF映画でもみているかのようでした。大きな体が一瞬にして倒れ、機械に吊るされながら流れ作業で少しずつ切り分けられていきます。効率よく、驚くほど淡々と。
種牛をつくっているシーンもありました。
動物が「いのち」ではなく「商品」にしか見えなかったのは、ある程度予想していたものの軽いショックでした。

この映画は批判ではなく、現状を知っておこうよという一つの提案です。
いろいろ考えさせられることがありました。
何かがわかったというより、自分の知らないこと(知ろうとしていないこと)がまだまだたくさんあることを教えてくれました。私の関心事は広がりをみせながら続いていきます。
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by iftuhsimsim | 2010-07-28 17:54 | 映画