カテゴリ:渡り鳥の読書( 27 )

人生という冗談

『わたしは英国王に給仕した』
f0236873_942921.jpgこの本は映画「英国王給仕人に乾杯!」の原作で、【映画の撮影に使われたレストラン】がプラハのガイドブックに必ずと言ってよいほど紹介されています。前回にひきつづき旅の準備としての読書。せっかくならば映画を観てからこのレストランでランチでも、と思ったのですが、映画のDVDが見つからなかったので、本を買ってみました。


これからする話を聞いてほしいんだ。

こうして200ページを超えるおしゃべりが始まります。

主人公で語り手の15歳の給仕見習いは「何も見ないし何も聞かないけれど、同時にありとあらゆるものを見なきゃいけないし聞かなきゃいけない」立場にあります。
この給仕人の資質、同時に良い語り手の資質でもあります。


不幸のあとには幸福がやってくるもので、仕事がクビになって次に働き始めたホテル・パリで、英国王に給仕したスクシーヴァネク給仕長と出会います。そしてひょんなことからホテル・パリで、主人公はエチオピア皇帝に給仕した給仕人になります。

あれ?

タイトルからてっきり主人公が「英国王に給仕した」のだと思い込んでいたものだから、不思議な感覚がずっと後をひきます。なぜタイトルが「英国王」なんだと。

主人公の奇天烈な人生はとどまることを知りません。
でもいつどんなときも、英国王に給仕した給仕長のもとで修行し、自分がエチオピア皇帝に給仕したことを誇りにしています。
「私はエチオピア皇帝に給仕したのだから」というセリフは何度も繰り返されます。本当に何度も繰りかえされるがゆえ、ますますタイトルの違和感が気になってしかたなくなります。


そして最後の最後に、この世界文学全集の監督編集者・池澤夏樹さんがタイトルのことをずばり書かれていました。
タイトルのずれ(ずれているのはタイトルだけではありませんが)によって、この小説をほら話の延長上に置くことができる。大事なのは、20世紀がひどい時代だったとしても、振り返ったときに「悪くない人生だった」と言えること。


f0236873_19223031.jpg波瀾万丈な人生の浮き沈みは、この小説のように、軽い口調で愉快に語るのが一番なのかもしれません。そうすることで語り手本人が救われることもあると思います。

→こちらが小説に登場した「ホテル・パリ」。プラハの町を歩いていたら偶然通りかかったので記念に一枚。窓越しに人が見える空間はカフェのように見えたけれど、レストランかな。

ちなみに「ホテル・パリ」は映画の撮影許可を出さなかったので、映画の舞台になったのは別の豪華なレストランです。
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by iftuhsimsim | 2011-07-26 01:05 | 渡り鳥の読書

たび

『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』
f0236873_2292888.jpg村上春樹のインタヴューを集めた本です。前回は旅の準備として読んだ本でした。今回の本は、直接ガイドになる類いではないものの、「旅」ということばを思い浮かべずにはいられない本です。

1997〜2009年の間にとりかわされた国内外でのインタヴューが収録されており、対話形式で村上春樹という作家について村上春樹自身が語っています。

作家になったいきさつや、ある一つの作品が生み出されるときのエピソードから、翻訳論、作家論、東西の比較文学論・比較文化論にまで及びます。

興味ひかれたのは、物語の結末を考えて書くのではなく書きながら考えていくのだという、彼の物書きスタイルです。書いているうちに彼自身の内側が変化し、それが物語に影響していきます。「物語の結末がわかっているなら、わざわざ書くに及ばない」「結末はあるけど、解決や結論はない」なんていう言葉が会話のなかにでてきました。

私にとって旅とは、成長するとか何かを得るとか大それたことではなく、ふといつもの景色がちがって見えてくるような体験です。でも大それたことでないと言っても、旅の前と後とでは同じ自分ではいられないくらい特別なものでもあります。村上春樹にとっての「小説を書く」ということは、私が抱いている旅のイメージそのものでした。村上サンはそうやって即興的に小説を書き、それが楽しいと言いますが、小説を旅に置きかえてみると、なるほど、その楽しさの感覚がわかる気がします。
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by iftuhsimsim | 2011-06-29 01:33 | 渡り鳥の読書

ドレスデンの歴史

『ドレスデン逍遥』
f0236873_2132717.jpgきづくと最後の更新から2ヶ月もたっていて、自分でもびっくりしています。
前回のドイツ話につづいて、こんどはドイツにあるドレスデンという町を紹介するエッセイです。
今度訪れようと計画中なのですが、大きな町ではないようで、詳細なガイドブックが見当たらないところ、手にしてみた1冊です。

歴史的建造物が立ち並ぶイメージですが、実のところこの町は1945年2月13日に大空襲をうけ、町のほとんどが壊滅。現在のこる旧市街の町並みは、戦後に再現されたものです。

本書は大空襲のことから語りはじめます。当時の資料や証言をまじえながら、細かい情景描写とともに、その日何が起こったのか解き明かしていきます。いかに効率よく滅ぼすか徹底的な研究にもとづいた方法で、たやすく実行されてしまった残酷さが、この町の印象として強烈に記憶に残りました。

その後、いまに残る礎を築いたアウグスト強王のこと、強王の長年の寵愛をうけたコーゼル婦人のこと、聖母教会の石で作られたドームが生み出されるまでの物語などが続きます。著者の解釈もふんだんに盛り込まれたエピソードは、人の心のうちに迫まろうとする鋭さがあっておもしろかったです。

ちょっとした歴史を知って、見えないものをのぞき見ながら、ドレスデンの町歩きを楽しめたらいいなと思います。
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by iftuhsimsim | 2011-06-21 02:36 | 渡り鳥の読書

舞姫のヒロイン

『鴎外の恋 舞姫エリスの真実』
f0236873_10402891.jpg前回の本が「考えぬく」としたら、今回は「調べぬく」です。

森鴎外の『舞姫』に登場するヒロイン・エリスとは誰なのか。この疑問は昔から多くの人の興味をかきたて、さまざまな説が出されてきましたが、どれもいまひとつ納得いくものでないというのが著者の感想でした。

ドイツ在住の著者・六草さんはある日、誘われた会でたまたま隣に座った男性の口から思わぬ言葉を耳にしました。「オーガイというその軍医、その人の恋人は僕のおばあちゃんの踊りの先生だった人だ」
この一言からエリス探しが始まります。

鴎外にはドイツ留学時代に恋人がいて、それがエリスのモデルでは、という話はどこからともなく聞いたことがありますが、その恋人なる人が来日までしていたとは初めて知りました。

鴎外は、所持していた「エリス」にまつわる物ほとんどすべてを死の間際、自分の目の前で焼失させました。この世に残されている資料はわずかです。

この本の魅力は、そんなわずかな資料をたよりにおこなわれた徹底的な調査過程の、手に汗にぎるおもしろさにつきます。だから詳細は控えますが、とくに興味深かったものに個人情報(日本でいう戸籍みたいなもの)の保存のことがあったので、そのことだけ書き留めておきます。

●ひとつはナチ時代のユダヤ人の個人情報。(エリス・ユダヤ人説に著者は消極的でしたが、念のため調査されていたのです。)祖父母の代から誰がユダヤ人で、本人は何パーセントユダヤ人かという記録が一人ひとり残されているのです。昔アメリカでも黒人に対して同じようなことをしていたと思います。これで「処分」する優先順位が一目でわかります。そらおそろしさを感じました。
●もうひとつは教会簿。たとえ一日もない命だったとしてもこの世に生まれたからには教会簿に記録されるとありました。(他の国の事情はわかりませんが。)本書では1700年代生まれの人の記録が出てきましたが、記録はいつから始まっているのでしょうか。

どちらの資料も大戦中に多くを焼失したようなので完璧ではありませんが、こんな徹底的で緻密な資料にはおどろきです。


この人が「エリス」かもしれないと高鳴る期待が行きづまり、さいごのさいごで一気に崩れ落ちる。そんなことを繰り返しながら、六草さんが探り当てた貴重な事実! 最終的にたどりついた「エリス」像はまだ仮説の域をでませんが、読みごたえは十分です。
この本を読み終えたとき、人の人生の壮大さを思うとため息がでてしまいます。
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by iftuhsimsim | 2011-04-03 08:40 | 渡り鳥の読書

考えて考えて考える

『これからの正義の話をしよう』
f0236873_14351717.jpg前回は偉大な歴史家ミシュレについてでしたが、彼の著作は「これが歴史叙述か」と賛否両論でした。今回は「何が正しいのか」を考える本です。ミシュレの著作をちびちび読んでいたところ、ちょっと横道それてこの本を手にとるやあっという間に読んでしまいました。

昨年、日本でとても話題になった著者です。
ハーバード大学で政治哲学を教える名物教授で、講義がそのままNHKで放送されたのを私も何度か見ました。
本も講義と似た雰囲気です。

1人を殺せば5人が助かる状況があったとしたら、あなたはその1人を殺すべきか?

こういう問題を「たとえば電車に乗っていたとして・・・」とごくごく日常の中の状況にたとえて考えさせていきます。自分だったらどうするか、とりあえず考えたとします。
ところが状況設定が少しずつ変わっていくと、さっきは「1人を犠牲にする」側だったのに、今度は「5人を犠牲にする」側になってしまう。
この本は意見や立場を分析し、根拠をさぐります。
そして人が考える「正義」が、いかに主観的かということを教えてくれます。


究極の選択の答えは、その人の生き方の指針にも、また追いつめられたときにでてくる本性にもなりうるから、自分だったらどうするか、なぜそうするか、何が大切か、時々じっくり考えてみたりしないといけないな、と思ってしまいました。
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by iftuhsimsim | 2011-02-22 01:25 | 渡り鳥の読書

歴史を旅するひと

『ミシュレ』
f0236873_1374348.jpg前回の本でよく登場し、気になったフランスの歴史家がいました。ジュール・ミシュレ。「民衆の歴史」を強く主張した人です。

この本は伝記ではなく、評論でもなく、ミシュレという人物像や彼の思想の特徴を探るための覚書のような感じの本で、著作の引用も多く載っています。ロラン・バルトのせいなのか、ミシュレのせいなのか、「文学的」な書き方がなされています。


偏頭痛の持病をもっていて気難しい人、というのが第一印象でした。仕事に熱中する姿はほとんど狂気の沙汰だったようです。
ミシュレは歴史を旅して歩きます。放浪旅行する時とまったく同じように、美と恐怖という二重の感情を全身で感じながら歴史のなかを歩いていくのです。そんな様を「歴史を貪り食う」なんて表現されていました。

ミシュレは散文で、「歴史」をたびたび擬人化したりして、まるで生き物のように描いています。
歴史は植物のようにヒトツナガリニナッテ生長する。
ミシュレが考える歴史は、原因があって結果があるのではなく、植物のように方程式があって進歩していくものでした。

凝った表現は、同時代の歴史家たちから批判をあびました。確かに批判が出てきそうな文章です。でもその語り口の是非はさておき、読んでみるとけっこうおもしろいなと思いました。創作なのか学問なのか...。
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by iftuhsimsim | 2011-01-29 17:21 | 渡り鳥の読書

事実と虚構

『歴史と表象』

f0236873_18192823.jpg前回の小説では、フェルメールの絵画に対する定説に疑問を投げかける大事件が起こりました。
定説ってひとつの大発見とか人の考え方ひとつで180度変わってしまうことがあります。今回の本はそういう意味合いで「歴史」が発見されたときのお話です。
以前読んだ本ですが、ふと読み返したくなりました。


学者が書いた歴史と、小説家が書いた歴史。
それぞれにどのようなイメージを持たれているでしょうか。


「歴史小説」が誕生したのは19世紀初頭。
それまで、歴史家が書く叙述は「文学」の一部でした。19世紀に歴史学という分野が生まれ、歴史叙述と歴史小説は区別されるようになったのです。

19世紀のフランスといえば、フランス革命! ここで歴史認識はがらりと変わることになります。

ひとつは、いま目の前で起こっている出来事が自分たちの社会に影響を与えている、過去と現在はつながっているという認識が生まれたこと。(17~18世紀の「歴史」で扱われるのは古代ギリシャ・ローマばかり。倫理的・政治的な面での教科書でなくてはならなかったためでした。)

もうひとつは、「民衆」が歴史の主役になったことです。



本書ではフランス人作家の作品を読み解いていき、それぞれの作者がどのように歴史を作品に取り入れているかをみています。たとえば...
ヴィニー: 実在の人物が中心で、架空の人物は民衆の1人として歴史に立ち会う。
メリメ: 架空の人物の行動で物語が展開していく。
バルザック:架空の人物と実在の人物が出会うことで、架空の人物に歴史的な密度を与え、実在の人物を虚構化する。


実在の人物や出来事を詳細に書いていないからといって、作者の知識が不足していたわけではありません。
作者の「歴史」に対する態度がはっきり見てとれて、おもしろいなあと思います。


著者の小倉さんによると、「歴史小説」は「大衆小説」と同一視されて、必要以上に価値が低く見られがちのようです。そこに疑問を投げかけます。支配者ではなく、大多数の民衆の歴史・人間の歴史を知るうえで、「歴史小説」は新たな切り口をくれるのでは、と。


「民衆」はとても重要なテーマです。まさに学問と創作を結びつけるのが「民衆」だからです。
19世紀の歴史の発見は、イコール民衆の発見であったのだと思わせられるほど、本書では民衆についても熱く語られています。
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by iftuhsimsim | 2011-01-08 00:30 | 渡り鳥の読書

アートミステリー

『フェルメールの暗号』
f0236873_9173843.jpg前回は美術研究家の謎に迫るノンフィクションでした。今回は美術史を学んだ著者が書いた、絵画をめぐるフィクションです。

主人公はシカゴ大学付属学校に通うちょっと変わった少年コールダーと少女ペトラ。子どもたちはみんな担任のハッセー先生が大好きです。むかしの偉い人が言った言葉を覚えさせるなんてことは絶対しなくて、そういう言葉を体験したり考えたりさせるような授業をしてくれるからです。

ある日、こんな宿題が出されました。家にあるアート作品をことばで説明してきてください。子どもたちは、物とアートの違いを考えることになります。そして最終的には、芸術とは何かという問いにたどり着くのです。

ちなみにこのとき出てきた言葉はピカソの言葉。「芸術とは、嘘を教えてくれる真実である」


この本は子供向けの謎解き小説で、ストーリー展開もテンポ良く、ぐいぐい読みすすめてしまいますが、論理的な推理とは言いがたい面が確かにあります。“運よく”“偶然”にもいろいろな物事にめぐりあったり、解決策がやってきたりします。それに、これまでの常識を覆すような出来事もたくさん。

なのにつまらなくないのは、そんなありえないような出来事とどう向き合うべきか、という点がこの本の重要なメッセージでもあるからです。

2人の冒険の支えとなる人物にチャールズ・フォートがいました。超常現象研究の先駆者で、実在の人物です。彼は27年かけて図書館にある古い新聞記事をしらべ、説明のつかない出来事を残らず書き写し、それを元に『見よ!』という本を出版します。ペトラはその本を偶然手に入れたのです。


たいていの人は自分の身のまわりで起こったことを、理解できる出来事にねじまげ、いいように解釈する。
冷静に物事を見ろ、というチャールズ・フォートの言葉を2人は何度も思い出します。


見方次第で、絵の見え方はどれだけでも変わっていくことを、2人の目を通して感じることができます。
もちろん世界の見え方も。
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by iftuhsimsim | 2010-12-20 09:09 | 渡り鳥の読書

東洋のアメリカ人

『フェノロサと魔女の町』
f0236873_1546152.jpg前回はフェノロサの著作でしたが、今回はフェノロサについての伝記です。本書は、著者・久我なつみさんがフェノロサという人物に迫るために、彼の故郷アメリカのセーラムという町(ボストン近郊の港町)を訪れ、そこで見たこと聞いたこと、肌で感じ取ったことを合わせて綴った調査記録にもなっています。

ミステリアスな語り口調ではじまり、一瞬にして引き込まれてしまいました。日本の伝統美術擁護の功績で、明治天皇から章を授与されたほどの男が、故郷セーラムで追放された。しかもこのセーラムという町は、アメリカで唯一魔女裁判がおこなわれたといういわく付きな町だということがわざわざ説明されているから気になります。

セーラムを訪れた久我さんがまず驚いたのはフェノロサの知名度の低さでした。日本だけならいざ知らず、帰国後はボストンやニューヨークで活躍した人物です。しかも単なる無知のためとは言いがたく、抹消したい意図が感じられるのです。例えば、フェノロサが持ち帰った美術品は、彼の名前を外して博物館に展示されていたり、博物館や公共図書館には彼の著作どころか雑誌の記事さえなかったり。セーラム公立図書館でやっと見つけた資料は、地元新聞の切り抜き1枚だけ。それは日本から欧米視察に派遣されたときの記事で、なんと「日本の英雄の帰郷」と報じられていました。

故郷がフェノロサを冷淡に扱っていることに疑問はつのります。

久我さんが注目したこと。それは、日本美術との出会いがフェノロサの人生を大きく変え、やがて東洋思想そのものにとりつかれた彼が、仏教に改宗してしまうという点でした。
そしてセーラムの人たちはそれをを許さなかったのではないか。異端排斥にも似た態度で。

このとき考えざるをえないのが、セーラムが異教徒に対しておこなってきた罪ともいえる歴史です。
先に書いた魔女裁判事件とは、まだアメリカが原野だったころ、少女たちが突然激しい痙攣発作におそわれたことに端を発して異端糾問がもえあがり、逮捕者は100人以上、20人が処刑されるという惨劇です。
その後、インディアンとの戦いを拒んだクエーカー教徒たちへの迫害もありました。
もとはカトリックの移民一家の子であったフェノロサは、ピューリタンが支配するこの町の歴史と保守性を十二分に知っていたはずです。

「(最後の審判で)無数の人びとを地獄に送りこむキリスト教より、かぎりなくやり直しを許してくれる仏教を信じる」とフェノロサは後に語っています。当時のアメリカでほとんど皆無といえる、クリスチャンによる異教徒への改宗。でもフェノロサにとっては自然な流れだったのではないかと久我さんは感じられたようです。

それにしてもすべてを書くには、フェノロサの人生はあまりに波乱に満ちていて複雑すぎます。
明治の豊かな文化が消えうせ、軍国主義が忍び寄る日本での2度目の滞在時に、前回ご紹介した『浮世絵史概説』が執筆されていたことを知りました。人生の大きな困難を経て、あいかわらず日本美術を愛しつつも、その見方が変化していた時期でした。

偉大なる業績にあと一歩のところで命尽きます。いまは、琵琶湖を望める山深い法明院で静かに眠っているそうです。
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by iftuhsimsim | 2010-10-09 17:53 | 渡り鳥の読書

フェノロサの浮世絵

『浮世絵史概説 ―フェノロサ厳選20木版画による浮世絵史観』
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永井荷風が浮世絵について書いた前回の本に「欧米人の浮世絵研究」という章があります。何人もの研究者がとりあげられるなか、ひときわ注目を引くのがフェノロサでした。一枚一枚の絵に年代や説明を施し(現在の定説と違う箇所もあります)、各画家の制作年限とその画風の変化を調べあげると同時に、浮世絵全盛の年代史を提示した最初の人と記されています。

フェノロサという名前は聞き覚えがあるものの、何をした人だったか。
本書の略歴をみると、アメリカの哲学者、東洋学者、日本美術研究家とあります。明治11年に御雇外国人教師として来日すると東大で教鞭をとりました。岡倉天心と共に欧米視察に出かけるところでやっと、ああこの人かと思います。アメリカに帰国後はボストン美術館の日本美術部管理責任者に就任、最終的には渡欧し、ロンドンで客死。

この本は、フェノロサが選ぶ20枚の絵をもとに、浮世絵を年代をおって観ていくというもの。先ほども少し書きましたが、フェノロサは「年代順」にこだわりを持っていました。それまでの日本美術は素材に基づいて分類されていて、例えば陶磁器、漆器、肉筆画、織物、版画といった括りで研究されていました。
でも美術とはなにか、浮世絵とはなにかと考えたときに、それは手技ではなく精神だとフェノロサは言います。ある特定の時期のものを調べるならば、同じ時期の美術の全分野を並行して考慮すべきというスタンスです。

だからフェノロサは変化に対して敏感で、本書も社会的背景や人びとの意識の変化をおさえながら、浮世絵の歴史が書かれています。年代史の具体的な内容は割愛しますが、ひとつ面白かったのは、歌麿や北斎をフランスと比較しているところ。歌麿については現代フランス美術や文学によく似て、とくにゾラの自然主義に通じるとあります。北斎の絵については、古典的なのにロマン主義を意識しているとあり、北斎は東洋のパリに現れたユゴーかデュマなんだそうです。

そういえば、ヨーロッパの有名な画家たちが浮世絵に影響をうけた話はよく聞きますが、歌麿や北斎は逆にヨーロッパを意識したりしていたのでしょうか。
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by iftuhsimsim | 2010-10-06 23:47 | 渡り鳥の読書