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価値観

『花森安治の仕事』
f0236873_1781970.jpg前回につづき、花森安治です。雑誌『暮らしの手帖』を創刊し、死ぬまで編集長を務めた人物です。
本書には花森安治の偉業とそれにまつわるエピソードが綴られています。

おかっぱ頭でスカートをはいていた。
想像していた人物とはずいぶん違っていたものだから一瞬驚きました。
話題をつくるための広報活動の一環ともいわれていますが、だからといって女装してしまうなんて普通の人にはなかなかまねできませんね。

何冊か読んでみて必ず出てくる話題は、スカート姿と商品テストと大政翼賛会のこと。これ抜きに花森安治は語れないのかもしれません。

「商品テスト」とは暮らしの手帖の目玉コーナーです。発売された様々な製品の良し悪しを、独自の方法でテストして公表するのです。消費者のためではなく、生産者のために始めたというのは、メーカーに良いモノをつくって欲しいから。
良いモノしかなければ、消費者は賢くならなくてもお財布と相談するだけでいい。そういうクニをつくりたいというのが花森さんの願いでした。ときは戦後の高度経済成長期。大量生産社会に対する警告でもありました。

雑誌で取りあげるか判断する基準は3つあって、生活必需品は別にして、その物が、多くの人の暮らしにあったほうがいいか、なくてもいいか、あっては困るものか、でした。そしてあったほうがいいものとあっては困るものを優先させます。
テストの中立性を保つため、外部の広告はいっさい載せませんでした。それでも商業雑誌として成功したのですから、日本のモノづくりに大きな影響を与えたことは確かです。

花森さんは日々の暮らしにこだわりました。
「生活」ではなく「暮らし」だと念を押されています。
生活と暮らしの違いをどうとらえられていたのかはわかりませんが、私の印象として「生活」よりも「暮らし」のほうに、より個人の思想のようなものが含まれている感じがします。
そしてその彼のこだわり、意地のようなものは、かつて経験した戦争からきていたのでした。

戦時中、花森さんは大政翼賛会の宣伝部で働いていました。
「欲しがりません、勝つまでは」の標語普及に関わった逸話がよく語られます。
当時の活動については本人がほとんど語っていないため、詳細はあまりわかっていません。

しかし戦後20年たって、花森さんは戦争について積極的に発言し始めます。
そしてわずかながら大政翼賛会時代のことに触れたこともあります。

ボクは、たしかに戦争犯罪をおかした。言い訳をさせてもらうなら、当時は何も知らなかった、だまされた。しかしそんなことで免罪されるとは思わない。これからは絶対だまされない。だまされない人たちをふやしていく。その決意と使命感に免じて、過去の罪はせめて執行猶予にしてもらっている、と思っている。

あいかわらず物に溢れている日本。
もう花森安治はいません。
私たちは少し賢くなるよう、自ら取り組むときかもしれません。
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by iftuhsimsim | 2010-07-14 00:50 | 渡り鳥の読書
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