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20世紀のフランス料理

『アリス・B・トクラスの料理読本』
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前回はガートルード・スタインが書いた「トクラスの自伝」でしたが、今回は正真正銘トクラスが書いた本です。

アリス・B・トクラスは1877年サンフランシスコに生まれ、1907年に渡仏。パリでスタインと出会い、その後の二人の共同生活はスタインの死まで続きます。

スタインに関する本には必ず登場するトクラスですが、彼女の人物像もなかなか興味深いものがあります。スタインの作家活動を支える秘書であり、他方では料理や菜園づくりが大好きな家庭的な女性でもありました。そしてヘビースモーカーで、マニキュアを塗って、ジプシーのアクセサリーを身につけたりしていたとか。20世紀初頭という時代に同性愛を貫きとおした事実だけでも彼女の強さは推し量られますが、たんに献身的なだけでなく、彼女もまた独特な匂いを持った人だったのだと思います。

スタインの死後、トクラスは執筆を開始しました。本書は75歳のときに書かれた最初の本にして、現在にいたるまで版を重ねる続けるロングセラーです。

この本は一言でいうとチャーミングな本です。
自分のレシピや人から教わったレシピが散りばめられたエッセイで、ピカソを家に招待したときのレシピなども載っていたりします。
私が一番気に入っているのは「キッチンの殺人」の章。戦争の影が押し寄せ、生きた魚や鳥を殺す仕事を店頼りにできなくなってきた時代です。トクラスはとうとう「殺し」に挑むのですが、犯罪小説風な語り口調が、何度読んでも楽しめます。

そのほかにも「えっ」と思うような箇所がいくつもあります。
準備するものに外科手術用の注射器とか、蛙の足100本とか、ザリガニ48匹とか。鴨の内臓と首だけを使う料理なんていうのもありました。
フランスの食文化にうとい私は正直、どこまで真剣なのか冗談なのか判断しかねるのですが、トクラスのユーモアがたっぷりつまった本であることは確かだと思っています。

和訳本は原書の3分の1をカットしているそうです。けれど代わりに序詩として谷川俊太郎さんの『ひとつまみの塩』を読むことができます。この詩は最後にこう締めくくられています。

理解を超えたものは味わうしかないのだから

この一文に甘えて深く追求するのはやめ、この本を閉じることにします。
by iftuhsimsim | 2010-05-19 18:22 | 渡り鳥の読書
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